作成日 : 2022/01/31 by AM   
 

 議論が尽くされた後で、"なんツーか?"、と、少しはにかみながら、首をやや傾げて、 おもむろに自分の意見を言いだす、加藤君の姿が瞼に浮かびます。
 私と妻ひろみ(旧姓:浪岡ひろみ)は、加藤君とは高校1年の時の同級生で、55年に及ぶ、 夫婦共々の長い付き合いになります。
背広姿の加藤君よりは、私たちにとりましては、ねじりはちまきで、法被姿が似合う、 下町のお兄さんでした。

≪ ☆☆ 故 加藤 清さん ☆☆ ≫

☆ 故 加藤 清さん ☆

面倒見が良く、人格者で、クラスでは皆から慕われ、頼られる存在でした。
古希を迎えてまもなく鬼籍に入られ、口惜しくてなりません。
 以前より肝臓に障害が有り、充分に節制管理されており、自己管理の出来るヒトとして 尊敬しておりました。
お兄様から肝臓移植を受けられ、素晴らしい勢いで、回復され、第2の人生を まさに謳歌されている時に、肝臓がんに出くわし、さぞかし無念であったろうと思われます。
訃報の連絡を奥様から知らされた時に、前日の夕飯も家族と一緒に過ごされ、 いつもの通りに床につかれた、と聞かされました。
 C型肝炎を生涯の友とし、万策尽きて、肝臓移植手術を受けられ、不運にも肝臓癌に出くわし、 癌に対する複数回に及ぶ摘出術、そして、化学療法と、加藤君が受け入れられる全ての治療を甘受し、 最後まで、ヒトとしての尊厳を保ったまま鬼籍に入られました。
早すぎる死で無念でなりませんが、加藤君は、加藤君の人生を正攻法で全うされたと私は思います。
 ヒトは生きている以上、どんなに頑張っても、必ず鬼籍に入らざるを得ないのです。
加藤君を知る者達にとって、「もう少し長生さして、お付き合いを続けて頂きたかった!」という思いが 込み上げてきます。残された私たちより一歩先の世界に行ってしまいましたが、どうぞ、 いつもの加藤君の笑顔で、私たちが行くまでは、ゆっくりと、そして、くつろいで、お待ちください。
 人生をご苦労様! 献杯!
 ご冥福をお祈り申し上げます。

西嶌 渡(66回)      
(淡交会報 第87号より 転載)    

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