(スマホ)  最終更新日:2021/07/24 by AM   

 50期吾友会は年2回幹事有志の懇親会を催し、30余名が参加し旧交を温めて来ました。
しかしコロナウイルス禍で、この1年、集会は中止、今年は、各組代表だけでも集まりたいと、 事務局上野英夫A組と深沢實H組代表が相談し、スマートフォンのビデオラインで、 お互いが顔を見ながら語り合う「吾友会ライングループ」の立ち上げを企画した。

 しかし携帯は持っていてもガラ携で、スマホでメール交換している学友は少ない。
スマホに精通の深沢君が幹事各位に声掛けしているが、まず深沢、上野、 田中信之君・島崎文男君各E組、植村大治君F組でスタートです。

 そこで、淡交会報により、50回生でスマホを使い、メール交換している学友各位に、 吾友会ライングループへの参加を呼び掛けます。
まず、上野英夫090-2560-2011か 深沢實090-7703-2721のスマホにお電話を下さい。そこから始まりです。
 昭和25年に新制の両国高校に入学した私たちは、濃密な勉学、生徒会・クラブ活動を経験し、 卒業後は、社会人として働き抜き、いま高齢者として人生の終活期を迎えました。
 老いたる私たち50期の学友たちが、膨大な情報量と機能を持つスマホの使い方を理解習得し、 学友との連携を密にして相互扶助し合い、残りの人生を恙なく生きて行きたい。
 福岡一雄会長は、社会保険労務士として活動しており、深沢君は、元千葉家裁の調停委員で、 現在も福祉活動に携さわり、高齢者が直面する問題の解決に役立ちたいと行動しています。
 吾友会ライングループが、老後生活や医療や介護などの困難な事態に直面した学友たちの相談窓口となり、 また地震や災害等の緊急事態発生時には、安否を確認し合い、避難する場所や連絡の取り方など、 吾友会ライングループで確認し、助け合いたいと考えています。
 夫婦だけの暮らし、夫・妻を亡くした一人暮らし、病身の夫・妻を抱える生活、病を抱えた学友に、 このライングループが役立てれば幸いです。
50期吾友会ライングループにご参加下さい。

 母校の先輩後輩に繋がる交遊抄を記します。
 私は、鈴木弘康先輩49期が会長の八千代淡交会には、年4回のコンペや懇親会に常に参加しており、 昭和59年6月の会津旅行が初参加で、通称八千淡が発足して40年を超えます。
 初代会長は、47期の山里寿男先輩で、現在長野県白馬村に住む山岳画家の第一人者で、 10月に銀座で個展が開かれ、ご招待を受けた八千淡の後輩は、10月10日に鈴木先輩、植村、上野、 53期中澤繁君、54期石橋勝典君、55期井上冨美子君がお伺いし、私は20年ぶりの山里先輩との再会でした。
我が家の新築の際に、山里先輩からアルプスの絵を頂き、居間に掲げて毎日眺めています。
 さて、佐倉CCでの淡交会コンペにも毎回参加しており、植村大治君、53期伊東治久君、54期石橋勝典君と回り、 この3人とは月1回植村君主催のコンペで一緒にプレイし、昨年秋には、4人で千葉勝浦に泊まり、 東急勝浦GCで2日間ゴルフを楽しみました。
 両国高校の学友との縁は、先輩後輩との交流も濃密で、生きる喜びに感謝しています。

幹 事  上 野 英 夫 (50回)
   (淡交会報第86号より転載)



 昭和25年4月、私たちの年次から、小学校を卒業してからの3年間の義務教育としての新制中学を卒業し、 この年に校名を「両国」と冠した都立両国高等学校に入学した。
新制高校の生徒として、初めての「両国」高校への入学生であった。
 両国高校に3年間学び、昭和28年に卒業。進学する者も就職する者もあり、卒業数年後からクラス会が開かれ始めた。
私の3年A組担任の祥雲通弘先生には、級友が卒業後も大変お世話になり、先生がご逝去された2013年の前年まで、 毎年クラス会を開き、私はずっと事務局を引き受けて来た。
 50期では、大谷泰象先生のE組、昨年(令和元年)10月山下眞一先生がご逝去されたF組、植村大治君が山下先生の身辺を最後まで 気遣われた。
深沢寛君が幹事のH組などが毎年クラス会を開き、E組だけは、現在も島ア文男君の下で、6月にクラス会を催しているが、本年は中止に。
 さて50期の同期会「吾友会」は、7年前に亡くなった3年G組の田仲博君が主導して、昭和55年(1980年)11月8日、 上野精養軒で高校入学30年記念総会が開かれた。
私も司会議長役を務めた。田仲君は1年と2年に同じクラスで仲良く、卒業後も交流が深く、自営業の私は、時間の融通がきく相棒であった。
 田仲君により、吾友会の幹事会は、毎年12月14日と決められ、会場の決定・案内書の作成・発送などは、全て田仲君が行い、 私は総会を含め、片々の雑務をお手伝いして来た。
 吾友会総会は、その後は、卒業30周年総会を昭和58年(1983年)11月 竹橋会館で昭和63年(1988年)12月の総会、 平成4年(1992年)5月の総会還暦祝賀総会、平成6年(1994年)11月と続き、ミレニアム総会2000年(平成12年)10月 渋谷エクセルホテル東急を経て、卒業50年記念総会が平成16年(2004年)1月31日、平河町日本海運倶楽部で開かれ、 全ての催しが田仲君の計画に基づいて実施された。
 この卒業50年記念総会で、田仲君は挨拶の中で、『吾友会の総会は今後は行なわない』と宣言した。その後は、 田仲君の手配で、毎年12月14日の幹事会のみが開かれて来たが、田仲君の体調不良により、平成20年(2008年)暮れの会で 幹事会の開催も途絶えた。
 おかしなことだが、田仲君存命中は、同期会の運営は、田仲君の献身的で独立独歩の行動力で進められ、 私を初め学友たちは田仲君の性格を忖度し、慫慂として田仲君に従った。
 その後、3年を経た平成23年(2011年)4月に田仲君と話し合い、E組の福岡一雄君と上野英夫が中心となって、 8組のクラス幹事が集まり、相談の上、新たな姿の「吾友会」が再構築された。
 幹事会での協議と準備を重ね、同年(2011年)11月11日、亀戸アンフェリシオンで、50期吾友会「喜寿の会」が開催された。
 更に、平成27年(2015年)11月14日に錦糸町レバント東京で、吾友会「傘寿の会」が催された。
お元気な山下眞一先生と淡交会の寺澤捷年前会長のご来臨によりお祝辞を戴いた。
吾友会の総会開催はここでひと区切りとし、その後は毎年、錦糸町レバント東京で、4月と10月の第2金曜日に、 幹事有志懇親会を開き、毎回25名ほどの学友が参集して来た。
 今年は、コロナウイルスの蔓延の中で、春と秋の懇親会は中止し、来年(令和3年)4月に多くの学友に呼び掛け、 40名を超える幹事有志を集めて、86年の人生を顧み、恩師と亡き学友の思い出や、現在の生きる姿を語りあえるよう 福岡一雄会長を中心に準備を進めている。

 右の写真は、昭和63年(1988年)12月、卒業35年記念総会の校歌斉唱の写真で、左から松原先生、祥雲先生、 丸岡先生、木村先生、C組の小俣さん、その右に山下先生、浅川先生、大谷先生のお姿が写されている。

☆☆ 昭和63年(1988年) 卒業35年記念総会の校歌斉唱 ☆☆
☆☆ 卒業35年記念総会の校歌斉唱 ☆☆

幹 事  上 野 英 夫 (50回)
   (淡交会報第85号より転載)





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・平成30年06月02日 3E「大象会」開催(淡交会会報81号より転載)
・平成29年10月13日 吾友会 幹事会懇親会開催(淡交会会報79号より転載)
・平成29年06月02日 3E「大象会」開催(淡交会会報79号より転載)
・平成28年10月14日 吾友会 幹事会懇親会開催(淡交会会報77号より転載)
・平成28年06月03日 3E「大象会」開催(淡交会会報77号より転載)
・平成28年05月20日 吾友会 幹事会懇親会 11月13日開催(淡交会会報76号より転載)
・平成27年12月10日 3E「大象会」6月6日開催((淡交会会報75号より転載)
・平成27年05月27日 吾友会 傘寿祝賀会 11月14日開催報告(淡交会会報74号より転載)


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