学術研究 「解釈学会」の WEBぺージ を 紹介します。
( スマホ対応 ) 作成日 : 2015/08/20 by H.K.
文
学
碑
め
ぐ
り
4
芥
川
龍
之
介
「
大
川
の
水
」
文
・
写
真
石
尾
奈
智
子
芥
川
龍
之
介
も
し
自
分
に
「
東
京
」
の
に
ほ
ひ
を
問
う
人
が
あ
る
な
ら
ば
、
自
分
は
大
川
の
水
の
に
ほ
ひ
と
答
え
る
の
に
何
の
躊
躇
も
し
な
い
で
あ
ら
う
。
獨
に
ほ
ひ
の
み
で
は
な
い
。
大
川
の
水
の
色
、
大
川
の
水
の
ひ
び
き
は
、
我
愛
す
る
「
東
京
」
の
色
で
あ
り
、
聲
で
な
け
れ
ば
な
ら
な
い
。
自
分
は
大
川
あ
る
が
故
に
「
東
京
」
を
愛
し
、
「
東
京
」
あ
る
が
故
に
、
生
活
を
愛
す
る
の
で
あ
る
。
「
大
川
の
水
」
よ
り
吉
田
精
一
書
「
大
川
の
水
」
の
最
終
段
落
の
一
部
分
。
「
大
川
の
水
」
は
、
明
治
四
十
五
年
一
月
脱
稿
。
『
心
の
花
』
大
正
三
年
四
月
号
に
柳
川
隆
之
介
の
筆
名
で
掲
載
さ
れ
た
。
文
学
碑
建
立
記
念
の
冊
子
に
、
本
会
の
顧
問
で
も
あ
っ
た
吉
田
精
一
は
以
下
の
よ
う
に
書
く
。
芥
川
の
「
大
川
の
水
」
は
、
彼
が
は
じ
め
て
、
そ
の
文
名
を
世
に
問
う
た
処
女
作
で
あ
っ
た
。
(
中
略
)
中
学
時
代
五
年
間
を
通
じ
て
、
学
級
主
任
で
あ
っ
た
英
語
教
師
広
瀬
雄
の
紹
介
で
、
佐
佐
木
信
綱
主
宰
の
短
歌
雑
誌
「
心
の
花
」
に
載
せ
た
。
広
瀬
先
生
は
私
の
中
学
時
代
の
校
長
で
、
先
生
が
ど
の
よ
う
な
因
縁
で
「
心
の
花
」
や
佐
佐
木
氏
と
関
係
が
あ
っ
た
か
は
、
聞
き
も
ら
し
た
が
、
以
上
は
先
生
の
私
個
人
へ
の
直
話
で
あ
っ
て
、
疑
う
わ
け
に
は
行
か
な
い
。
(
中
略
)
隅
田
川
は
ま
た
伊
勢
物
語
以
後
、
日
本
の
文
学
芸
術
と
関
係
深
く
、
と
く
に
江
戸
市
民
に
と
っ
て
は
親
し
く
な
つ
か
し
い
名
所
で
あ
っ
た
。
し
ば
し
ば
浮
世
絵
に
描
か
れ
、
明
治
末
期
に
は
、
永
井
荷
風
に
よ
っ
て
、
そ
の
江
戸
趣
味
再
興
の
一
起
因
と
な
っ
た
。
芥
川
の
「
大
川
の
水
」
も
、
そ
う
し
た
荷
風
の
影
響
下
に
あ
っ
た
「
大
川
」
の
再
・
認
識
の
一
つ
と
見
ら
れ
る
。
彼
が
終
生
そ
の
場
所
を
踏
ま
な
か
っ
た
ヴ
ェ
ネ
チ
ア
の
ゴ
ン
ド
ラ
の
浮
か
ぶ
運
河
に
対
照
比
較
し
て
い
る
点
に
、
青
年
ら
し
い
エ
キ
ソ
チ
ズ
ム
(
異
国
趣
味
)
が
感
じ
ら
れ
る
。
本
会
の
故
佐
伯
昭
市
元
副
会
長
に
よ
る
と
、
東
京
大
学
大
学
院
に
在
籍
の
こ
ろ
、
吉
田
精
一
は
助
手
で
、
当
時
耒
だ
研
究
対
象
で
は
な
か
っ
た
近
代
文
字
の
研
究
会
を
、
す
で
に
持
っ
て
い
た
そ
う
だ
。
日
本
近
代
文
字
研
究
の
嚆
矢
と
な
っ
だ
吉
田
精
一
に
と
っ
て
、
同
窓
の
芥
川
龍
之
介
は
特
別
な
存
在
だ
っ
た
に
違
い
な
い
。
自
分
は
、
昔
か
ら
あ
の
水
を
見
る
毎
に
、
何
と
な
く
、
涙
を
落
と
し
た
い
や
う
な
、
云
ひ
難
い
慰
安
と
寂
寥
と
を
感
じ
た
。
(
中
略
)
な
つ
か
し
い
思
慕
と
追
憶
と
の
国
に
は
い
る
や
う
な
心
も
ち
が
し
た
。
此
心
も
ち
の
為
に
、
此
慰
安
と
叔
寥
と
を
味
ひ
得
る
が
為
に
、
自
分
は
何
よ
り
も
大
川
の
水
を
愛
す
る
の
で
あ
る
。
(
中
略
)
班
女
と
云
ひ
、
業
平
と
云
ふ
、
武
蔵
野
の
昔
は
知
ら
ず
、
遠
く
は
多
く
の
江
戸
浄
瑠
璃
作
者
、
近
く
は
河
竹
默
阿
弥
翁
が
、
浅
草
寺
の
鐘
の
音
と
其
に
、
其
殺
し
場
の
シ
ュ
チ
ン
ム
ン
グ
を
、
最
力
強
く
表
す
為
に
、
屡
々
、
其
世
話
物
の
中
に
用
ゐ
た
も
の
は
、
実
に
此
大
川
の
さ
び
し
い
水
の
響
で
あ
っ
た
。
十
六
夜
清
心
が
身
を
な
げ
た
時
に
も
、
源
之
丞
が
鳥
追
姿
の
お
こ
よ
を
見
染
め
た
時
に
も
、
或
は
又
、
鋳
掛
屋
松
五
郎
が
蝙
蝠
の
飛
交
ふ
夏
の
夕
ぐ
れ
に
、
天
秤
を
に
な
ひ
な
が
ら
両
国
の
橋
を
通
つ
た
時
に
も
、
大
川
は
今
の
如
く
、
船
宿
の
桟
橋
に
、
岸
の
青
蘆
に
、
猪
牙
船
の
船
腹
に
懶
い
さ
ゝ
や
き
を
繰
返
し
て
ゐ
た
の
で
あ
る
。
(
「
大
川
の
水
」
『
心
の
花
』
旧
字
は
新
字
に
改
め
た
)
周
知
の
通
り
、
芥
川
は
複
雑
な
家
盛
環
境
に
あ
っ
た
が
、
叔
母
の
愛
情
を
一
身
に
受
け
て
養
育
さ
れ
た
。
隅
田
川
は
芥
川
に
と
っ
て
叔
母
と
の
濃
密
な
日
々
を
よ
み
が
え
ら
せ
る
場
所
だ
。
そ
の
一
方
で
、
古
典
文
字
以
来
の
死
の
イ
メ
│
ジ
も
「
大
川
の
水
」
に
描
か
れ
る
。
碑
の
建
つ
東
京
都
立
両
国
高
等
学
校
は
、
か
っ
て
の
東
京
府
立
第
三
中
学
校
。
明
治
三
十
四
年
創
立
で
、
芥
川
龍
之
介
は
七
回
生
、
吉
田
精
一
は
二
十
三
回
生
で
あ
る
。
J
R
総
武
線
錦
糸
町
駅
か
ら
徒
歩
五
分
の
場
所
。
在
学
中
芥
川
は
、
本
所
区
小
泉
町
に
住
ん
で
い
た
。
正
門
を
入
っ
て
敷
地
内
左
に
、
高
さ
一
・
八
メ
│
ト
ル
、
幅
ニ
メ
│
ト
ル
ほ
ど
の
小
松
石
に
刻
ま
れ
た
「
大
川
の
水
」
の
文
字
碑
が
建
つ
。
戦
後
の
学
制
改
革
で
、
第
三
高
等
学
校
、
両
国
高
校
と
改
称
し
て
い
る
が
、
今
も
校
章
に
三
高
の
文
字
が
刻
ま
れ
、
『
三
高
教
室
』
の
誌
名
が
残
る
。
『
三
高
教
室
』
一
二
〇
号
(
一
九
八
二
年
刊
)
に
は
建
立
の
経
緯
が
載
っ
て
い
る
。
創
立
八
十
周
年
、
新
校
舎
落
成
時
、
昭
和
五
十
八
年
三
月
に
建
立
さ
れ
た
碑
は
、
芥
川
の
文
学
碑
と
し
て
初
め
て
の
も
の
。
碑
文
の
選
定
に
際
し
て
は
、
国
語
科
教
師
の
示
唆
、
吉
田
精
一
の
助
言
、
遺
族
の
賛
同
が
あ
っ
た
こ
と
も
書
か
れ
て
い
る
。
当
時
の
羽
部
英
二
学
校
長
は
、
「
大
川
の
水
」
「
本
所
両
国
」
な
ど
の
作
品
に
、
「
墨
東
の
自
然
が
そ
の
生
涯
に
大
さ
な
影
響
を
与
え
た
こ
と
、
自
然
を
見
る
目
を
教
え
た
の
も
、
俳
諧
の
面
白
み
を
感
ぜ
し
め
た
の
も
、
彼
の
育
っ
た
本
所
付
近
の
風
物
に
あ
っ
た
の
で
は
な
い
か
、
と
感
じ
な
い
わ
け
に
は
い
か
な
い
。
」
と
述
べ
る
。
「
木
枯
ら
し
や
東
京
の
日
の
あ
り
ど
こ
ろ
」
「
水
洟
や
鼻
の
先
だ
け
暮
れ
残
る
」
な
ど
、
芥
川
の
俳
句
に
は
、
都
会
的
で
斬
新
な
感
覚
が
生
き
て
い
る
。
堀
辰
雄
、
立
原
道
造
も
府
立
三
中
出
身
。
同
窓
会
の
淡
交
会
は
、
学
園
祭
で
資
料
の
展
示
を
行
っ
て
い
る
。
今
年
は
、
九
月
十
二
日
(
土
)
、
十
三
日
(
日
)
に
堀
辰
雄
の
展
示
を
予
定
し
て
い
る
と
の
こ
と
で
あ
る
。
本
稿
を
書
く
に
あ
た
り
、
淡
交
会
事
務
局
よ
り
資
科
の
提
供
を
い
た
だ
い
た
。
誌
面
を
借
り
て
深
謝
申
し
上
げ
る
。
(
日
本
大
学
講
師
/
い
し
お
・
な
ち
こ
)
国
語
・
国
文
学
・
国
語
教
育
に
関
連
す
る
文
献
・
作
品
等
を
研
究
対
象
と
す
る
解
釈
学
会
の
学
会
誌
に
掲
載
さ
れ
ま
し
た
内
容
を
ご
紹
介
。
学
会
誌
七
・
八
月
号
の
表
紙
は
リ
ン
ク
画
像
参
照
。